震災当時逸早く被災地支援に動き出した、地元宮城のセルコホームだった。
ここ雄勝町地区に仮設風呂を設置。薪から沸かす五右衛門風呂を設置し、被災地住民に非常に喜んでいただいた。地区住民らは「当時は大変ありがたかった。お風呂につかって生き返ったようだ!」と話していた。
ここの地区も高さ15メートルまで津波が押し寄せ、住宅や納屋を流され、浜沿いの地区が一変した。2年が経ち荒廃した土地も整地されるようになり、ふと気付くと少し小高いところに、漁師らの漁具置き場としてテントが活用されていた。大切に使うところが、いかにも沿岸部の人の良さが出ていた。
沿岸部の人たちは、少々よそ者を白い目で見がちな感じがすると思っていた。声はでかいしズーズー弁丸出しで、荒々しく怒鳴るような口調で物事を言い、近寄りがたい存在だった。しかし実際いろんな話をしているうち、何ともあの笑顔の魅力に引き寄せられる。
「仙台から来たんすか?お土産にこれ持って行きな!」と買い物以上にお土産をくれたりする。気前が良すぎる。こんなところが浜の人間なのだ。
魅力あるまちづくりは着々と進行している。自治体だけのまちづくりではない!住民あってのまちづくりなだけに、あの笑顔を取り戻すためにも一歩一歩前進していきたい。
詳しくは【縁】第2号に掲載。