2013年4月2日火曜日

湊小学校へ避難

 昨年12月7日金曜日夕方に起きた三陸沖の地震で津波警報が発令された。鮎川では1mの潮位を観測したが、幸いにして被害は伴わなかった。
 石巻市北上川河口付近には、「あと10分で津波が来るぞ!」と警報やアナウンスが流れ、沿岸住民は一目散に避難した。
 たった10分で何処に逃げるのかといえば、近くの避難上の屋上とか高台に避難することだが、生憎高台に行く道路は渋滞した。
 その原因は、減災のための道路が全く整備されていない状況や、新車を購入し津波が来てダメになれば3重のローンが発生するという事、時間が全くなかった事もあり、道路が渋滞し避難できない状況にあった。
 また避難所に逃げ込む手があったが、石巻女川海道より沿岸部では避難所指定場所がなく、逃げ込み場所としたら、3.11の際の当時の避難所だった。
 しかし避難場所指定の小学校は、1階全てが入ることが出来ずの状況だった。湊小学校の場合は、写真を見ての通り1階窓の部分は木材で遮断され、非常口も鍵が掛けられている状況で、一切建物内には入ることが出来ない。
 万が一に備えて近隣数名に鍵を渡していたというが、皆外出中で全く機能していなかった。当時は何人もの住民が駆け込んだが、鍵が閉まっていて断念し、裏山に逃げ込んだという状況
だ。
 湊小は湊第二小を統合し平成26年4月から授業を再開するとしているが、昨年は平成25年4月か
らとしていた。しかし授業再開までの期間に何が起きるか分からない。また同じように避難しなければならないことが起きた際、何処に避難するのだろうか。
 100年に1度だから?1000年に1度だから?ということはもう論外である。
 命を守ることが第一である。